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神戸地方裁判所 昭和59年(ワ)1167号 判決

原告

高橋章三

被告

トヨタカローラ神戸株式会社

ほか一名

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは各自原告に対し、金六三二万〇五四〇円及び内金四四〇万九五一〇円に対する昭和五九年八月三一日から、内金一九一万一〇三〇円に対する昭和六〇年九月一九日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五六年九月二日午後一〇時二五分頃、原動機付自転車カワサキ九〇cc神戸か五一〇三を運転して、神戸市東灘区方面から同市中央区方面に向つて西進中、神戸市東灘区本山南町八丁目六番二六号国道二号線(アスフアルト舗装)において、同方向に進行中の被告会社の従業員である被告西口照道運転の同人所有の普通乗用車神戸五七む七四七四の前部が、原告の右原動機付自転車の後部に追突して、原告は転倒し、それがために原告は頭部外傷、全身打撲、頸部捻挫等の傷害を負つた。

2  右衝突事故は、被告西口照道の過失によるものである。すなわち、被告西口照道が飲酒運転のうえ制限速度を約二〇キロメートル越えた時速約七〇キロメートルの速度で走行し、前方の安全をよく確認する等の注意義務があるのにこれを怠り、かつ、左側追越等の違反をしたために、原告の運転する原動機付自転車に自己の運転する自動車の車体を衝突せしめたものである。

したがつて、被告西口は、民法七〇九条により原告に対し、本件事故による損害を賠償する義務がある。

また、本件事故は、同被告において被告会社の業務に執行中、惹起したものであるから、被告会社は民法七一五条により、被告西口と連帯して原告に対し、損害を賠償する義務がある。

3  原告は右事故の結果、次の損害を受けた。

(一) 休業による損害(タクシー運転手の分)

金八九六万五〇七四円

原告はタクシー運転手として(本件事故当時は別件の交通事故の負傷の為に休業中)一日当り金八二七八円の補償をうけていたから一〇八三円分の右金員の損害補償。

(二) 診断書料 金七〇〇〇円

(三) 治療費 一万〇七九〇円

昭和五九年一一月一日から同六〇年八月一日迄の神戸労災病院治療費(原告自己負担分)

(四) 交通費 一万〇二四〇円

昭和六〇年一六回分一回六四〇円

(五) 慰藉料 一九〇万〇〇〇〇円

以上(一)ないし(五)の合計金一〇八九万三一〇四円

4  よつて、原告は被告らに対し、連帯して前記損害賠償の一部として金六三二万〇五四〇円及び内金四四〇万九五一〇円に対する昭和五九年八月三一日から、内金一九一万一〇三〇円に対する各完済の日まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認容

1  第1項につき認める。

2  第2項につき原告の運転する自動二輪車(原動機付自転車ではない)に被告西口の運転する自動車の車体が衝突したことは認め、その余は争う。

3  第3項につき争う。

三  被告トヨタカローラ神戸株式会社の主張

被告西口は自己所有の自動車を運転していたものであり、かつ被告会社の業務とはなんら関係のないものである。従つて、被告会社には、運行供用者責任も、使用者責任も存在しない。

仮に被告トヨタカローラになんらかの法的責任があるとしても、後記第四の主張のとおり、原告の主張には理由がない。

四  被告西口照道の主張

(一)  前回の事故

(1) 原告は、本件事故より約一年前の、昭和五五年九月一三日、国鉄元町駅鯉川筋線交差点において、原告の運転する自動車が有限会社伊賀富商店の従業員大田豊久の運転する自動車に衝突されたとして(右同日が原告が神戸毎日交通株式会社に勤務した第一日目であつて以降今日に至るまで現実にタクシー運転手の業務に従事していない)、昭和五五年九月、右会社と従業員を相手方として御庁に対して仮処分申請している(昭和五五年(ヨ)第五七四号―昭和五五年一〇月二七日取下)。

(2) そして、昭和五七年七月二三日、原告は、同じく右会社と従業員を被告として訴を提起し、昭和五八年三月四日、「既払金二〇万円の他、金七〇万円を支払う」ということで和解している(当庁昭和五七年(ワ)第九九八号)。

また、原告はこの他に、昭和五六年一〇月二九日症状固定したとして、自賠責保険に後遺障害の被害者請求をなし、一四級と認定され保険金七五万円を受領している。

右訴訟において、原告は、昭和五七年九月二四日付(今回の事故により一年を経過している)の準備書面を提出し、右準備書面において「現在も後遺症の為通院加療中ですので、タクシー運転の業務に就いていません」等と主張している。

以上のとおり、原告の昭和五七年九月当時の症状の大部分は前回の事故に基因するものであり、本件事故に基因する割合は僅少なものである。

(二)  タクシー運転手の否定

原告は昭和五〇年から昭和五五年まで約五年間建築会社および不動産会社に勤務したあと、昭和五五年九月一三日神戸毎日交通株式会社にタクシー運転手として採用され、その第一日目に前回の事故をおこし、その後同年四月二〇日まで八日間勤務したのみで、本件事故の発生した昭和五六年九月二日まで一日もタクシー運転の業務に従事した事実はない。

したがつて本件事故当時、タクシー運転手ではなく、無職かあるいはタクシー運転手以外で生計をたてていたものである(原告は当時、託児所と土地建物取引仲介業を経営していたと言つている)。

よつて、本件事故当時、原告の職業がタクシー運転手であることを否認する。

(三)  事故との因果関係と原告の症状

(1) 前記のとおり、原告の症状は本件事故に基因するよりも前回の事故に基因する割合が大部分であるが、仮に原告の症状につき本件事故につき基因する部分があつたとしても、その割合は五〇パーセント程度であると主張する。

(2) 次に原告の症状は、本件事故より一年を経過した昭和五七年九月末をもつて治癒又は症状固定しているものである。

すなわち、原告が本件事故が発生してから五日経過後の昭和五六年九月七日から昭和五七年七月三一日までの間に荻原整形外科病院と神戸労災病院において通院治療を受けた実日数はわずか二八日に過ぎない。

治療内容も内服薬の投与と外用シツプ薬の投与に過ぎない。

右のような治療実績と治療内容からすれば、原告の症状は本件事故発生後一年を経過した、昭和五七年九月末日をもつて、治癒又は症状固定したと判断されるべきである。

なお、被告西口照道が、昭和五七年一一月一八日、原告の症状につき主治医に対して医療調査をするので、その旨同意されるよう原告に申入れたが、原告がこれに応じなかつたことも考慮されるべきである。

(3) 原告のこのような治療実績と治療内容からすれば、治療日以外の日は(さらに原告は事故当時、託児所と土地建物取引業を経営していたというのであるから、治療日当日でも治療時間以外は就労が可能である)当然就労が可能であつて、全期間休業しなければならないという理由は見い出せない。

(四)  被告の過払い

(1) 原告はこれまでに合計金四七三万八五五四円の支払いを受けており、その内訳は次のとおりである。

自賠責保険より金一二〇万〇〇〇〇円(内治療費一五万三九五〇円)

被告西口より(千代田火災を通じて)金一八八万三三六〇円(内治療費二万九〇四〇円)

社会保険より金一〇四万五九八〇円

労災保険より金三五万九二一四円

前回の事故による後遺障害分金二五万〇〇〇円

(2) 昭和五六年九月三日から昭和五七年九月三〇日までの三九三日のうち多くみて、全期間の内二分の一の休業を原告において要したとし、かつ休業損害の日額を債権者の主張どおり金八二七八円とすると休業損害の合計は金一六二万六六二七円となる。また右期間における慰藉料は(原告の治療実績を考慮すると)金五〇万円が相当である。

これに治療費一八万二九九〇円を加えると原告の損害の合計は金二三〇万九六一七円となる。

本件事故が原告の症状に基因する割合を五〇パーセントとすると、原告が被告に請求しうる金員は一一五万四八〇九円となり、既に過払いとなつている。

よつて原告の請求は理由がない。

五  被告らの主張に対する原告の認否

1  被告会社の主張は争う。

2  被告西口の主張事実につき、前記(四)の(1)のうち被告西口から千代田火災を通じて一八八万三三六〇円の支払がなされたとの点は不知であるが、その余の既払分は認める。その余の同被告の主張は争う。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事故の発生

請求の原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

二  責任事由

1  被告西口について

成立に争いのない甲第一一号証によれば、被告西口は、本件事故当時自己所有の普通乗用自動車を運転し、本件事故現場において、時速約五五ないし六〇キロメートルで国道二号線の第二車線を西進中、同方向に先行中の普通乗用車の左側を追い越すにあたり、前車の前方の交通や障害物の有無を確かめ、その安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、帰路を急ぐ余り、前車の前方の交通などの有無を確かめないまま、漫然前記速度で追い越しを開始した過失により、おりから同道路第一車線を先行西進中の原告運転の自動二輪車(第二種原動機付自転車、なお、同車は道路交通法上自動二輪車となり、二輪免許の対象となる)後部に自車前部を衝突させたものであることが認められ、それによれば、同被告は民法七〇九条により、原告の被つた損害を賠償する義務がある。

2  被告会社について

前記甲第一一号証、証人赤井照彦の証言、被告西口照道本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、(1) 被告会社は自動車の販売、修理、保険代理を業とする株式会社であり、被告西口は昭和五二年四月ごろ被告会社に整備工として入社し、同五四年四月ごろから被告会社西宮中央営業所サービス課で整備工として勤務していること、(2) 被告西口は自己所有の事故車を通勤用に使うだけで被告会社の業務に使用したことはなく、一方、被告会社においてもマイカーを社用のために使用することを禁じており、従業員が社用で外出する場合には社有車を利用させていたこと、(3) 被告西口は、本件事故当日午後五時ごろ仕事が終えた後、同僚有志が催した先輩の送別会に出席し、同会が終了後、被告会社に戻つて、同社に置いてあつた通勤用の事故車に乗り、自宅に帰る途中、本件事故を発生させたものであることが認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故は、被告会社の業務と無関係に発生したものであるから、被告会社は、民法七一五条または自賠法三条の責任を負わないものというべきである。

成立に争いのない甲第二〇号証は、被告会社の代表権を有しない被告会社西宮中央営業新サービス課係長赤井照彦が記載したに過ぎないことが、同号証及び証人赤井照彦の証言によつて明らかであるから、同号証をもつて前認定をくつがえすことはできない。

三  損害

そこで以下、被告西口に対する関係で原告の被つた損害について判断する。

1  基本事実

(一)  症状固定日 昭和五七年九月一日

成立に争いのない甲第二号証の一ないし五、乙第一号証の三ないし八、同第二、第三号証の各二、三、証人水口龍次の証言を総合すれば、(1) 原告は、本件事故により頭部外傷、全身打撲、頸部捻挫の傷害を負い、その治療のため昭和五六年九月二日から神戸市立中央市民病院、荻原整形外科病院、神戸労災病院等に通院し、右受傷のうち頸部捻挫を除くものは間もなく治ゆしたが、頸部捻挫については症状が持続し、昭和五九年六月二八日時点においても神戸労災病院で通院治療を受けていること、(2) しかし、原告の頸部捻挫に関する不定愁訴は終始他覚所見が認められないこと、(3) しかも、頸部捻挫の治療実日数は昭和五六年九月七日から同五七年七月三一日までの間、わずか二八日、以後も半月に一回の割合という程度であり、治療内容と内服薬の投与と外用のシツプ薬の付与だけであることが認められ、以上の事実に証人水口龍次(神戸労災病院担当医師)の証言及びむち打ち症は通常ほとんどの場合事故後六か月程度で固定するものであることを考え合せると、原告の頸部捻挫は遅くとも、本件事故より一年後の昭和五七年九月一日に治ゆまたは症状固定していたものというべきである。

(二)  事故当時の日収 八二七八円

成立に争いのない甲第六号証の一、二、乙第七号証の一八、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五九年九月一三日神戸毎日交通株式会社にタクシー運転手として雇われたが、勤務した初日に交通事故に遭遇し、同年九月二〇日以後右事故による受傷のため休業し、本件事故当時も休業中であつたこと、しかし、右前件交通事故に遭遇しなかつたならば、原告は本件事故当時右会社のタクシー運転手として日収八二七八円を得ていたであろうことが認められるから、本件事故当時の原告の収入は、右金員をもつて相当と認める。

2  個別的損害

(1)  休業損害 三〇二万一四七〇円

本件事故から前記症状固定した三六五日間につき一日八二七八円を乗じた頭書金員をもつて相当と認める。

(2)  治療費 一七万五二五〇円

成立に争いのない乙第一号証の四、六、八、同第二号証の三、同第三号証の三を総合すれば、本件事故当日から前記症状固定日である昭和五七年九月一日まで前記神戸市立中央病院、荻原整形外科病院、神戸労災病院における治療に要した費用は頭書金額であると認められる。

右以外の原告主張の治療費は、症状固定後のものであること主張自体によつて明らかであるから、これを認めることができない。

(3)  交通費 一万〇二四〇円

原告本人尋問の結果により頭書金額の交通費を認める。

(4)  診断書料 七〇〇〇円

原告本人尋問の結果によつてこれを認める。

(5)  慰藉料 五〇万円

以上(1)ないし(5)の合計三七一万三九六〇円

四  既往症の影響力控除

成立に争いのない乙第七号証の一ないし一二、同第八号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五五年九月一三日乗用自動車を運転中、他の車に追突されて、頸部捻挫を受傷したこと、右頸椎捻挫は昭和五六年一〇月二九日症状固定し、自賠法施行令別表一四級に該当する後遺障害を残したこと、右頸椎捻挫の内容は、本件事故による頸椎捻挫の内容と殆んど同一であることが認められ、右認定事実によれば、原告の本件事故における主たる受傷部分である頸椎捻挫は、本件事故より約一年前に遭遇した交通事故での頸椎捻挫による影響に起因するところが大きく、そして、本件事故の態様を考えると、その寄与度を三〇パーセントとみるべく、損害分担の公平上、本件事故による損害から、右寄与度を控除するのが相当である。

そうすると、前認定の損害額は二五九万九七七二円となる。

3,713,960円×0.7=2,599,772円

五  損害相殺

成立に争いのない乙第一二号証の五によれば、原告は、本件事故につき被告西口から千代田火災保険株式会社を通じて一八八万三三六〇円を受領していることが認められ、原告が自賠責保険から一二〇万円、社会保険から一〇四万五九八〇円、労災保険から三五万九二一四円を受領していることは当事者間に争いがない。

以上の既払分合計は四四八万八五五四円となり、右既払額は、前四項記載の損害額二五九万九七七二円よりも一八八万八七八二円超過していることが計算上明らかである。

したがつて、被告西口は原告に対し損害賠償義務が存在しない。

六  結び

以上の次第で、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 広岡保)

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